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一般社団法人
日本病態栄養学会事務局

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キャリアパス支援

キャリアパス支援

山田 祐輝

ヤマダ ユウキ

所属

市立札幌病院 栄養科
管理栄養士

私が管理栄養士を目指したきっかけは、大学のパンフレットにあった「スポーツに関われる」という一文に興味を惹かれ、管理栄養士がどのような職業なのかほとんど理解していなかったにもかかわらず進路を決めました。
最初はとても単純な理由でしたが、大学での様々な講義を通じて、「管理栄養士」という専門職の役割に強く惹かれていきました。学士課程修了後は先輩の勧めもあり、大学院修士課程へ進学。研究に打ち込む中で将来を考え、「食育」への強い関心から公務員の道を選びました。

無事に公務員試験に合格したものの、配属先は希望していた学校現場ではなく病院でした。
当時は戸惑いもありましたが、振り返ればこれが私にとって最初の大きな転機でした。1年目から臨床現場に立ったことで、大学で学んだ知識をすぐに活用できたこと、そしてキャリアの途中では病院特有のスピード感や臨床知識を吸収する自信がないと感じたからです。

入職当時、当院の栄養管理体制は現在のような「病棟担当制」ではなく、NST(栄養サポートチーム)など栄養管理が必要な患者にのみ、管理栄養士が患者対応をしていました。そのため私は、一部の患者へのより効果的な栄養管理を模索するため、セミナーに参加するなど勉強する機会を作っていましたが、給食管理について深く考えることはあまりありませんでした。

そんな私の価値観を大きく変えたのが、勤務5年目に担当した末期がんの患者さんとの出会いです。
主治医から「絶食状態だが、何か食べられる方法はないか」と相談を受けましたが、当時の私は適切な提案ができず、先輩や医師に相談しても提供方法を見つけられませんでした。
その後、カルテに記載された「家族が持ってきたカップラーメンの汁を口にしたとき、死ぬほどおいしかった」という患者の言葉を目にし、衝撃を受けました。

その一言から、私は患者さんがどんな思いで入院し、食事に対してどんな思いがあったのか…真剣に寄り添えていなかったことに気づきました。
この、カップラーメンの汁が、その方にとって生きている実感を与える「特別な食事」であった経験から、「効果的な栄養補給だけが管理栄養士の役割ではなく、その人にとっての“食の喜び”もどう守るか」という、今も大切にしている役割を私に与えてくれました。

7年目には、発達支援を行う保育所へ異動となりました。そこでは病院とは異なり、給食業務を一人で担いました。発達障害のある子どもたちへの食事提供は難しさも多くありましたが、保育士・調理師・保護者と協力しながら工夫を重ねる日々はとても充実していましたし、試みがうまくいったときの喜びは今でも鮮明に覚えています。
ここでは、給食業務の大変さと楽しさ、そして現場との連携の重要性を深く学び、管理栄養士としての視野を大きく広げることができました。

11年目に再び病院へ戻ると、栄養管理は「病棟担当制」を採用しているなど現場は大きく変化していました。これにより、より多くの患者さんと直接向き合える環境が整っており、以前よりも、やりがいを感じています。
食事は治療の一面だけではなく、毎日の楽しみであり、病と闘うための「生きる力」になります。低栄養のリスクが低くても「食欲がなくて食べられない」「義歯がなくて食べにくい」そんな患者さんにも寄り添い、不安を少しでも軽くし、食事を通して前向きになってもらえることが、今の私の大きなやりがいであり、なるべく多くの患者の様子を直接確認するように心がけています。

管理栄養士の仕事は、教科書通りにいかないことも多く、効率や数値だけでは測れない「人の心」と向き合う難しさがあります。
日本病態栄養学会では、臨床医・研究者・管理栄養士が集まり、病態の理解と効率的な栄養療法の実践、新たな栄養療法の開発を目指しています。自己研鑽や情報収集だけでなく、さまざまな施設の管理栄養士と交流できる場でもあり、日々の悩みに対するヒントも得られると感じています。

最後に、患者と給食を繋げることができるのは管理栄養士だけです。低栄養のリスクが高い患者に限らず、多くの患者にも目を向け、一人でも多くの食事に対する不安に寄り添ってほしいと思います。

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